■「安全・安心」のフレーズ
1984年からお造りしている自家製お惣菜は全て手作り・国産のお肉、国産の野菜を使用することを守り続けてきました。できる限り地場産のものを使用するという発想はフードマイレージ、環境、地域活性化、素材の安全性、身体に良いか、を考慮しているところからきております。またこの価値観は、「自然と共存する」という考え方からきており、地域で生産し地域で消費すること以外にも環境に配慮した取り組みを行っております。

(有)福島肉店はチャレンジ25に参加しています。
「チャレンジ25キャンペーン」とは
日本では、温室効果ガス排出量を2020年までに1990年比で25パーセント削減するとの目標を掲げています。
そして、地球と日本の環境を守り、未来の子どもたちに引き継いでいくための行動を「チャレンジ25」と名付け、あらゆる政策を総動員して地球温暖化防止の対策を推進することとしており、そのための国民的運動を「チャレンジ25キャンペーン」として2010年1月14日から展開しています。
「チャレンジ25キャンペーン」は、これまでの地球温暖化防止のための国民運動「チーム・マイナス6パーセント」から、よりCO2削減に向けた運動へと生まれ変わったものであり、オフィスや家庭などで実践できるCO2削減に向けた具体的な行動を「6つのチャレンジ」として提案し、その行動の実践を広く国民に呼びかけるものです。 … チャレンジ25キャンペーン(総務省ウェブサイト)
■初代福島秋太郎
20代の頃
初代福島秋太郎は明治後期現在の東京都墨田区に生まれ世田谷区等々力で育ちました。若いころから甲状腺に病気を持ち、治すために豚の甲状腺を得られる仕事を探し、肉の仲買い人となります。大正七年に福島精肉店を創業、数年後武蔵小山の現在の昭和通りのある一画にお店を構えました。数年後上京していた秋田の女性と縁があり男鹿に訪れます。
持病を考え空気、環境の良いところを求め仕事も秋田に移転する事を決めました。
息子である福島基良を連れ昭和14年現在の地
男鹿市船川へ。
この頃船川港は築港がすごい勢いで進んでおり、外国との貿易、漁業、運輸等でとても栄えており商店街もとても活気があったと聞いております。
移転当時の販売は、馴染みの無かった牛肉に力を入れ今日に至ります。車もいち早く購入、様々な場所へお肉を配達しておりました。
「仕事は楽しく、作る物には美味しくなれと念を込めよ」という言葉が今までに伝わっており
お客様が喜んで食べる姿をイメージし
現在も愛情を込めてお作りしております。
タソガレ秋太郎。
戸賀湾、一ノ目潟、二ノ目潟を眺めるのが好きで八望台へよく行っていたといわれております。

右 福島秋太郎 八望台より眺める。

左 橋本氏 右 福島秋太郎
寒風山にて

親族と 右 福島秋太郎
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■ 昭和初期武蔵小山商店街の皆様との一枚。初代と幼少時の2代目(上左から4番目)
お店のあった武蔵小山の通り
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■昭和36年頃初代福島秋太郎と妹。コニーに乗る。(左)
下は門前への配達時の一枚。
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■男鹿市船川現在の位置に移転。初期の福島精肉店(左)と店の前の元浜町(下)。 
左:初代と2代目妻、
現社長とその姉
下:
お店前。
伊藤時計店さん側

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■昭和40年頃・
お肉のケースを新しくしました。
コロッケとんかつ、は入口付近、お客様から見える所で揚げたてをご用意しておりました。 |
■昭和47年改装オープン |
■2代目と妻、親族と従業員。(改装時) |
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■ 平成8年屋号をグルメストアフクシマとし改装、有限会社福島肉店
今に至ります。
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